うまくいく人、うまくいかない人 その1

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探偵社という仕事柄、これまでにもたくさんの人に出会ってきました。
街中を歩いていても、そちら様は覚えていてもこちらは覚えていない中ですれ違っていることはたくさんあると思います。
ご相談のお話しを聞いていて、この人絶対いい方向に行くと思う、または、この人はこれからも大変なことに出会うだろうなと直感で感じることがあります。
根拠のない確信というか、予感だからそのようなことなんですけど、それが、殆んど100%に近い確率で当たるのです。
探偵の勘とはこのことを指すのでしょうか。
そこで、分析して自分なりに纏めてることにした、直感で感じたことを系列化することは矛盾しているのだけど、とにかくやって見ることにします。
うまくいかない人で分かりやすい人は、猜疑心の強い人は、これは確実に言えることです。
探偵という仕事、どこか胡散臭いと感じるのも無理はない。自分も相手の立場ならまずこの怪しい人物を査定しようと考えるのは至極当然のことです。
自分だけは騙されないぞという構えた中で会話が始まるのです。
探偵社の商品は、形のないものです、強いていうなら、調査報告書という書類、その中に書かれた文字や写真、あるいはビデオ映像です。
その書類はご依頼された本人にしか、ニーズがないものであります。
報告書に印刷された、文字や写真そのものが、場合によっては人の一生を大きく作用するものであったり、その方を取り巻く多くの方の人生に対しても多大な影響があることは否めない事実です。
また、裁判所で慰謝料などの請求がなされる場合に、根拠となる資料として欠かせないものであります。
いくら優秀な弁護士であっても、依頼人からのお話しを聞いたことだけを元に訴状を書いてみたところで、その話し合いは依頼人の思う方向には向かわないでしょう。
百聞は一見に如かずという諺があるように、時には水戸黄門の印籠のような役割にも使える便利なものでもあるのです。
話しが少しそれてしまった、うまくいかない人は猜疑心の強い方の話に戻って話しを進めます。
猜疑心とは、「相手の行為(言葉)を疑ったりねたんだりだりする気持ち」と辞書に書いてあります。
確かに初対面の私のことをいきなり信じてと言うのも変な話でもあるのですが。
猜疑心がある方と話していて気付くのは、わたしは、あなたに相談しなくても全てわかっているの、とりあえず探偵さんがどんなことを話すのか聞いてみたかったの的な感じで話される方です。
この様な方は今抱えている問題も正直に全てお話して下さる方は少ないのです。
事実が捻じ曲げられたお話しを聞いてこちらがそれに答えている状況かもしれません。
今後どのようにしたいのかについても不明確で、本心を明かさないのです。
ですから、どこか納得のいかない中途半端なお話し合いの時間だけが過ぎていくのです。
調査料金だけ聞いて帰りたい方も、この中に入っている方に含まれる場合があります。
この様な方の調査をお引き受けしましたあとの話に入ります。
仮にいただいた情報に大きな違いあった場合、いただいた情報を基に調査を組み立てて行くわけですから、調査現場はその修正に迫られます。
修正がうまくできて結果が出せることもありますが、探偵は神様のように万能ではないので、全てにおいて可能なわけではありません。
この様な事例の場合、前もって本心や本音をお話ししてくれていたらその流れに沿った調査の組立が出来たのに、調査費用を無駄にすることなく必要な調査に向けられたのにと思うことがあります。
猜疑心の強い方の中には、こんな方もおられます。
最初の相談から数ヵ月後に電話が入り、再び、相談したいとのことです、お話しを聞けば前回相談した件は、その後事態は更に悪化して手の打ち様が無いところまで来ているとのことでした。
探偵社を何社か回り、見積もりを取っていたそうです。結局、調査をする決断ができずに、時間が過ぎていきました。
今の状況に陥った時に、この事務所で相談したことを思い出し再度連絡しましたとのことです。
最初にお聞きした相談の内容とは、事実がかなり違っていたことも分かりました。
これから調査をしたところで慰謝料の請求も出来る状況にないところまできていることを細部に亘ってお話しをしました。
相談者は涙を流しながら悔しい心中を延々と話されるのですが、残念ながら探偵は時間を元に戻して上げることまではできないのです。
最初にご相談に来た時に、相談者が包み隠さず全てを話してくれていたら・・と思うばかりです。